漆の技法と材料
このページの要点
漆は、顔料・金粉・塗り方の組み合わせで表情が無限に変わります。整理の鍵は「何を見せたいか」です。金粉を沈めて見せる梨地、下の色を透かす溜塗、木目を見せる摺漆——技法の違いは、そのまま狙いの違いです。
漆の面に金粉や銀粉を蒔き、上から透明な漆を塗り重ねて研ぎ出す技法です。
粉が漆の層の中に沈んで見えるため、表面が果物の梨の肌のような、細かい粒立ちの質感になることからこの名があります。
粉の粗さ、蒔く密度、上に重ねる漆の厚みによって、金の見え方が大きく変わります。密に蒔けば華やかに、疎に蒔けば控えめに——同じ梨地でも印象は大きく違います。梨地に用いる漆を梨地漆と呼びます。
粉の粗さ、蒔く密度、上に重ねる漆、研ぎ出しの加減の四つで決まります。
| 粉の粗さ | 粗い粉は一粒ずつがきらめき、細かい粉は面としてやわらかく光ります。 |
| 蒔く密度 | 密に蒔けば金の面が広がって華やかに、疎に蒔けば地の漆がのぞいて控えめになります。 |
| 上に重ねる漆 | 粉を透かして見せるため、油分を入れない梨地漆を用います。重ねる厚みによって、金が沈んで見える深さが変わります。 |
| 研ぎ出し | 上の漆をどこまで研ぐかで、粒立ちの見え方が変わります。 |
つまり梨地は「金粉を蒔く」だけの技法ではありません。粉と漆の層をどう重ね、どこまで研ぐかで表情が決まります。修理で既存の梨地に合わせるときも、この四つを一つずつ読み取っていきます。
溜塗と春慶塗があり、違いは「下に何を敷くか」です。
| 溜塗(ためぬり) | 下地に朱や黒の色漆を塗り、その上に透き漆を重ねます。使い込むと下の色が透けて現れ、経年変化そのものを楽しむ塗りです。 |
| 春慶塗(しゅんけいぬり) | 木地に直接透き漆を塗ります。下に色を敷かないため木目がそのまま見えます。飛騨春慶・能代春慶などが知られます。 |
ひとことで言えば、溜塗は「下の色を透かす」、春慶塗は「木目を透かす」。両者の詳しい比較は漆塗りの種類と違いで解説しています。
摺漆(拭き漆)があり、下地で木目を消す通常の塗りとは狙いが正反対です。
| 摺漆(拭き漆) | 木地に漆を摺り込んでは拭き取ることを繰り返します。塗膜をつくらず、木目をそのまま見せます。 |
| 目弾き(めはじき) | ケヤキのように導管の大きい木で、導管部が漆を強く弾き、木目との吸い込みの差で陰影がはっきり出る仕上げです。 |
通常の塗りが「下地で木目を消し、塗膜という新しい面をつくる」のに対し、摺漆は「木そのものを見せる」。目的が逆である以上、工程も逆になります。摺漆には下地工程がほとんどありません。
顔料を入れない精製漆のことで、下の色や木目を透かして見せるために使います。
生漆を「なやし」「くろめ」の工程で精製した透明な漆を、素黒目(すぐろめ)または木地呂漆(きじろうるし)と呼びます。これに顔料を入れずに使うのが透き漆で、溜塗や春慶塗の上塗りに用います。
溜塗が「使い込むと下の色が透けてくる」のは、この透明感の変化によるものです。漆の硬化と経年変化については漆の特徴と性質で解説しています。
「何を見せたいか」で選びます。金を見せるなら梨地、下の色なら溜塗、木目なら春慶塗や摺漆です。
| 金粉のきらめきを見せたい | 梨地 |
| 下に敷いた色を透かしたい | 溜塗 |
| 木目を透かして見せたい | 春慶塗 |
| 木目の質感そのものを見せたい | 摺漆(拭き漆)、目弾き |
| 刷毛目を消して鏡のように仕上げたい | 蝋色塗 |
| やわらかい艶で仕上げたい | 花塗(塗立) |
下地で木目を消すか、木目を活かすかで、工程は正反対になります。技法の選択は見た目の好みにとどまらず、下地から工程全体を決める選択です。修理では、当初の技法を見極めて踏襲することが原則になります。
部分的に補修したとき、新しく塗った箇所と既存の面の見え方を揃えることです。
漆は塗った直後より、年月をかけて色が澄んでいきます。そのため同じ技法・同じ材料で塗っても、補修した箇所はしばらくのあいだ周囲と違って見えます。変わり塗りでは、この差がさらに出やすくなります。
そのため補修の範囲は、傷んだ箇所だけでなく見え方の切れ目をどこに置くかで決めます。面の区切りや部材の境で納めるのが基本です。
顔料の有無と組み合わせで、黒・朱・うるみ・透きと表情が分かれます。
| 黒漆 | 鉄分を加える。締まった印象。 |
| 朱漆 | 辰砂朱や紅柄を加える。華やかで明るい印象。 |
| うるみ(潤み) | 赤と黒を混ぜたあずき色。落ち着いた中間色です。 |
| 透き漆 | 顔料を入れない。下の色や木目を透かします。 |
社寺建築では、部位ごとに求められる格や見え方に応じてこれらを使い分けます。修理では、当初がどの技法・どの色であったかを見極めることが出発点になります。塗膜を断面で観察して、当初の層を確認することもあります。
漆の面に金粉や銀粉を蒔き、その上から透明な漆を塗り重ねて研ぎ出す技法です。粉が漆の層の中に沈んで見えるため、表面が果物の梨の肌のような細かい粒立ちの質感になることからこの名があります。粉の粗さや蒔く密度で印象が大きく変わります。
どちらも透き漆を使いますが、下に何を敷くかが違います。溜塗は下地に朱や黒の色漆を塗ってから透き漆を重ね、使い込むと下の色が透けて現れます。春慶塗は木地に直接透き漆を塗るため木目がそのまま見えます。
狙いが正反対です。摺漆(拭き漆)は木地に漆を摺り込んでは拭き取ることを繰り返して木目を見せる仕上げで、下地工程がほとんどありません。通常の塗りは下地を用いて木目を消し、塗膜という新しい面をつくります。
金粉や銀粉の粗さ、蒔く密度、上に重ねる漆の厚み、研ぎ出しの加減で決まります。粗い粉は一粒ずつがきらめき、細かい粉は面としてやわらかく光ります。粉を透かして見せるため、上には油分を入れない梨地漆を用います。
顔料を入れない精製漆で、下の色や木目を透かして見せるために使い、溜塗や春慶塗に用います。漆そのものが飴色を帯びているため無色ではなく、塗りたてはやや濁って見え、年月とともに透明感が増していきます。
close