漆の技法と材料
このページの要点
漆の世界には字面が似ていて紛らわしい言葉が多くあります。ごく短く言えば——溜塗は「下の色」を透かし、春慶塗は「木目」を透かす。蝋色塗は磨いて鏡面にし、花塗は塗ったまま仕上げる。本漆は天然の樹液、カシューは合成塗料。文化財や社寺の漆塗りを手がける立場から、現場の感覚を交えて整理します。

どちらも下の色が透けて見える「透(す)き漆」を使った塗りという点では共通しています。違いは下に何を塗るかです。
| 溜塗(ためぬり) | 下地に朱や黒などの色漆を塗り、その上から透き漆を重ねます。使い込むうちに上の透き漆が透けて、下の朱がじわりと浮かび上がる——この経年変化そのものを楽しむ塗りです。 |
| 春慶塗(しゅんけいぬり) | 木地に直接透き漆を塗ります。下に色を敷かないため、木目がそのまま見えます。飛騨春慶・能代春慶などが知られます。 |
ひとことで言えば、溜塗は「下の色を透かす」、春慶塗は「木目を透かす」。これが最大の違いです。
これは上塗りのあとに研いで磨くかどうかの違いです。
| 花塗(塗立) | 上塗りした漆をそのまま乾かして仕上げます。刷毛の跡がわずかに残り、ふっくらとやわらかい艶になります。 |
| 蝋色塗(ろいろぬり) | 上塗り後に炭で水研ぎして刷毛目を消し、生漆を摺り込んでは磨くことを繰り返し、鏡のような光沢に仕上げます。 |
手間は蝋色のほうが格段にかかりますが、どちらが上等という関係ではありません。花塗には花塗のやわらかさがあり、社寺建築では場所によって使い分けます。なお花塗に使う漆には油分が入っており(塗立漆)、蝋色に使う漆には油分を入れません(蝋色漆)。仕上げ方が違えば、使う漆そのものが違うということです。
「本漆」とはウルシの木から採れた天然の樹液を精製した、本物の漆のこと。対してカシューはカシューナッツの殻の油を原料とした合成塗料で、見た目が漆に似ているため代用されることがあります。
| 原料 | 本漆=ウルシの樹液(天然)/カシュー=カシューナッツ殻油(合成) |
| 硬化のしかた | 本漆=酵素と酸素が結びついて硬化。湿度が必要/カシュー=油が酸化して乾燥 |
| 耐久性 | 本漆=非常に高く、塗り重ね・塗り直しが可能/カシュー=本漆に劣る |
| 文化財修理 | 本漆=国産の本漆の使用が義務づけられる/カシュー=使用しない |
漆が「乾く」のではなく「湿気で硬化する」のは、他の塗料にない性質です。乾燥した場所ほど固まらないため、現場では新聞紙や布に水を打って湿度を整える「湿し(しめし)」という作業を行います。
ウルシの木から採取したままの樹液は、樹皮や土が混ざった粗味漆(あらみうるし)です。これを布で漉して不純物を取り除いたものが生漆(きうるし)。
生漆をさらに、撹拌して均一にする「なやし」、熱を加えて水分を飛ばす「くろめ」の工程にかけたものが精製漆です。この状態の透明な漆を「素黒目(すぐろめ)」「木地呂漆(きじろうるし)」と呼びます。
ここに油分を加えれば塗立漆(花塗用)、加えなければ蝋色漆になり、顔料を混ぜれば黒漆・朱漆と色が生まれます。もとは同じ樹液から、仕上げの数だけ漆が分かれていくわけです。
どちらも木目を消して塗膜をつくるための下地ですが、粉を何で練るかが違います。
| 堅地(かたじ) | 地の粉・砥の粉を漆で練ります。堅牢ですが、漆を大量に使うため高価です。 |
| 半田地(はんだじ) | 同じ粉を膠(にかわ)で練ります。漆が手に入りにくくなるなかで、堅地の代用として開発された下地です。 |
なお膠は動物の骨や皮から採れる接着剤で、漆とはまったく別の材料です。彩色の絵具を定着させるのにも膠を使います。
どちらも下地に混ぜる粉ですが、粒子の粗さが違います。地の粉は粗く、肉厚をつけるため。砥の粉は細かく、表面をきめ細かく整えるためです。下地を重ねるにつれて地の粉を減らし、砥の粉を増やしていきます。
拭き漆(摺漆/すりうるし)は、木地に漆を摺り込んでは拭き取ることを繰り返す仕上げで、木目を見せるのが目的です。下地を用いて木目を消す通常の塗りとは、狙いが正反対になります。ケヤキのように導管の大きい木では、導管が漆を弾いて陰影が際立つ「目弾き(めはじき)」という表情が生まれます。
当社は文化財・社寺建築の漆塗りの修理・塗り直しを専門に手がけています。漆の剥離・傷み・褪色の補修から、本直し・上塗り直し・蝋色・金箔押しまで一貫して対応します。
漆の修理・塗り直しについてご相談ください
「どの工法が適しているか分からない」「まず概算だけ知りたい」——そうした段階からお気軽にどうぞ。現地調査・下見積もりを承ります。
各工程の詳細は漆塗りのページで、須弥壇や掛軸の修理については須弥壇の修理・新調/掛軸の修理・表装のページでご紹介しています。
どちらも透き漆を使う点は同じですが、下に何を塗るかが違います。溜塗は下地に朱や黒の色漆を塗ってから透き漆を重ね、使い込むうちに下の色が透けて現れます。春慶塗は木地に直接透き漆を塗るため木目がそのまま見えます。溜塗は下の色を透かし、春慶塗は木目を透かす塗りです。
上塗りのあとに研いで磨くかどうかの違いです。花塗(塗立)は上塗りした漆をそのまま乾かして仕上げ、刷毛目がわずかに残るやわらかい艶になります。蝋色塗は炭で水研ぎして刷毛目を消し、生漆を摺り込んでは磨くことを繰り返して鏡のような光沢に仕上げます。どちらが上等という関係ではなく、場所によって使い分けます。
本漆はウルシの木から採れる天然樹液を精製したもので、酵素と酸素の結合により湿度のある環境で硬化します。カシューはカシューナッツ殻油を原料とする合成塗料で、油の酸化で乾きます。耐久性は本漆が高く塗り直しも可能です。文化財の修理では原則として国産の本漆の使用が義務づけられています。
採取したままの樹液(粗味漆)を漉して不純物を除いたものが生漆です。生漆をさらに撹拌して均一にする「なやし」と、熱で水分を飛ばす「くろめ」の工程にかけたものが精製漆で、素黒目・木地呂漆と呼ばれます。ここに油分を加えれば塗立漆、加えなければ蝋色漆になります。
どちらも木目を消すための下地ですが、地の粉と砥の粉を漆で練るのが堅地、膠で練るのが半田地です。堅地は堅牢ですが漆を大量に使うため高価で、半田地は漆が入手しにくくなるなかで堅地の代用として開発されました。
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