漆の技法と材料
このページの要点
漆塗りは「塗る」よりも「下地をつくる」工程のほうが長い仕事です。木地を固め、布を着せ、下地を何度も付けては研ぎ、ようやく漆を塗り始めます。仕上がりの美しさと耐久性は、完成後には見えなくなる下地でほぼ決まります。修理で「表面だけ塗り直しても再発する」と申し上げるのは、この構造によります。
木地調整、下地、中塗、上塗、必要に応じて蝋色や金箔押し、という順で進みます。
工程数の多さは装飾のためではありません。下地が塗膜を支え、木地の動きを吸収し、耐久性を生むからです。
木地を固め、隙間を埋め、布を貼り、粉と漆を練った下地を付けては研ぐ——これを繰り返します。
④と⑤は一度ではありません。下地を重ねるごとに、肉厚をつける「地の粉」を減らし、表面をきめ細かくする「砥の粉」を増やしていきます。粒子の大きさによって荒地粉・切粉・錆粉・化粧地の粉などと呼び分けます。
地の粉・砥の粉を漆で練る「堅地」と、膠で練る「半田地」があります。
| 堅地(かたじ) | 定盤(じょうばん)という台の上で、地の粉・砥の粉・水を漆で練った下地。 |
| 半田地(はんだじ) | 同じ粉を膠で練った下地。漆が手に入りにくくなるなかで、堅地の代用として開発されました。 |
また下地は木目を消すために施しますが、木材の木口(こぐち)・板目・柾目によって、下地の厚さを変えて対応します。木の面によって吸い込みや動きが違うためです。修理では、当初がどちらの下地であったかを確かめたうえで工法を決めます。

顔料を入れた精製漆を刷毛で塗り、捨て中塗り・中塗り・上塗りと2〜3回重ねます。
刷毛には人毛が使われます。塗り重ねることで、混合した顔料による漆黒の輝きや鮮やかな赤色が現れ、肉厚のむっくりとした表情になります。化学塗料には出せない柔らかさが生まれるのは、この積み重ねによるものです。
刷毛目を消して鏡面に仕上げたい場合は、上塗のあとに蝋色の工程に進みます。刷毛目を活かす場合は花塗(塗立)として、そのまま仕上げます。
なおこの選択は塗り始める前に決めておく必要があります。蝋色には油分のない蝋色漆、花塗には油分のある塗立漆と、使う漆が違うためです。
こしのある刷毛がつくれるからです。なかでも海女の髪がふさわしいと言われてきました。
海女の髪は海水のミネラル分が浸透し、こしのあるよい刷毛になると言われています。近年はカラーリングやパーマをかける方が多く、刷毛にふさわしい髪が少なくなりました。原毛は、海外の毛髪に切り替わりつつあります。
道具の材料ひとつをとっても、手に入りにくくなっているのが漆塗りの現状です。
工程数が多いことに加え、漆は湿度で硬化するため各工程のあいだに待ち時間が必ず必要だからです。
| 工程数の多さ | 下地は付けては研ぐことを何度も繰り返します。塗りも2〜3回重ねます。 |
| 硬化待ち | 漆は塗ったそばから重ねることができません。湿度と温度を保った状態で硬化を待つ必要があります。 |
| 季節の影響 | 硬化には適した温湿度があり、季節によって待ち時間が変わります。 |
| 研ぎの手間 | 研ぎは平滑さを決める工程で、省略も短縮もできません。 |
したがって、「急いで仕上げる」ことが構造的にできない仕事です。法要など期日のご希望がある場合は、逆算して早めにご相談ください。
新聞紙や布に水を打って湿度を整える「湿し(しめし)」を行い、硬化の環境をつくります。
工房では、漆風呂・室(むろ)と呼ばれる温湿度を管理した場所で硬化させます。しかし建造物の修理現場では、そうした設備を用意できません。そこで現場ごとに湿度を整えながら、硬化を待ちます。
硬化の進み方は季節や天候で変わります。工程表を組むときは、この硬化待ちをあらかじめ見込んでおく必要があります。元請の工程と並行する場合は、早い段階でご相談いただくと調整がしやすくなります。
状態によります。ただし下地が傷んでいれば、そこまで戻らなければ再発します。
修理では、既存の塗膜をどこまで残すかで工程が変わります。
| 上塗り直し | 既存の塗膜を活かし、傷を下地で繕って漆を塗り上げます。工程は短くなります。 |
| 本直し | 古漆をすべて掻き落とし、木地補修と下地からやり直します。手間は増えますが、下地が劣化している場合はこれが必要です。 |
どちらを選ぶかは、下地の状態と、次の修理まで何年もたせたいかで決まります。詳しくは漆塗りの修理・塗り直しをご覧ください。
柱や束などの軸部、長押・貫・虹梁などの横架材、扉や板戸、縁、組物、懸魚や破風まで、建物のほぼ全体に及びます。
| 軸部 | 粽付き柱・四天柱などの柱、太瓶束・蓑束などの束 |
| 横架材 | 内法長押・腰長押・貫・虹梁 |
| 柱間装置 | 唐戸・板戸・舞良戸・蔀戸・花頭窓 |
| 壁・板 | 琵琶板・羽目板 |
| 縁 | 榑縁・切目縁・浜縁・落縁・大床 |
| 組物 | 大斗・方斗・巻斗・鬼斗、雲肘木・枠肘木・実肘木、二手先・三手先の斗組 |
| 建具・荘厳具 | 障子や襖の框、須弥壇・脇壇の框、敷居、扉を吊る藁座・幣軸 |
| 外部・屋根まわり | 向拝柱、地垂木・飛檐垂木・打越垂木、唐破風・千鳥破風、梅鉢懸魚・三花懸魚・鏑懸魚 |
神社仏閣では、軸部と横架材の繋ぎ目である仕口を、わざと口が開くように塗ることもあります(刻苧とは)。部位ごとに工程の組み立てが変わるため、施工範囲の確認が見積もりの出発点になります。
木地調整、下地(木地固め・刻苧・布着せ・下地付けと研ぎ)、中塗、上塗、必要に応じて蝋色や金箔押しという流れです。塗る工程よりも下地をつくる工程のほうが長く、仕上がりの美しさと耐久性は完成後には見えなくなる下地でほぼ決まります。
木地固めと刻苧による充填のあとに、寒冷紗や麻、和紙を貼って補強する工程です。紙を貼る場合は紙着せと呼びます。木地の動きに塗膜が追従できるようにし、割れを防ぐ役割があります。
どちらも下地に混ぜる粉ですが、地の粉は粒子が粗く肉厚をつけるため、砥の粉は細かく表面を整えるために使います。下地を重ねるごとに地の粉を減らし砥の粉を増やしていき、粒子の大きさによって荒地粉・切粉・錆粉・化粧地の粉などと呼び分けます。
工程数が多いことに加え、漆は湿度で硬化するため各工程のあいだに硬化を待つ時間が必ず必要だからです。塗ったそばから重ねることができず、硬化に適した温湿度があるため季節によって待ち時間も変わります。構造的に急ぐことができない仕事です。
どちらも地の粉・砥の粉を練った下地ですが、堅地は漆で、半田地は膠で練ります。半田地は漆が手に入りにくくなるなかで堅地の代用として開発されました。修理では当初がどちらの下地であったかを確かめて工法を決めます。
工房のような温湿度を管理した漆風呂(室)を現場には用意できないため、新聞紙や布に水を打って湿度を整える「湿し」を行い、硬化の環境をつくります。硬化の進み方は季節や天候で変わるため、工程表には硬化待ちを見込んでおく必要があります。
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